なぜ人は人を見下したがるのか。

ぜ人は人を見下したがるのか。人は、優劣をつけることで幸福感を得られると聞いたことがある。自分と優劣をつけると自分が幸せであることには違いないが相手の主張や心境を本当に理解して聞くことも必要だ。

 賢者であれば、自分の立場と相手の立場を考えた上で物事を発言するはずだ。いつも上から目線で一方的な態度を取っていると自分が成長しないし、いつの間にか裸の王様になっていることに気づきにくい。

 もちろん、時としては相手の態度の何が気に入らないのかを具体的に主張することも必要であるが、その際には相手の中傷をすべきではない。愚者は相手の中傷のみを行ってしまう。受けた相手は自分の立場も言えずに相手に不満感を持ってしまう。

 何が気に入らなかったので、こうすれば改善できるのではないかというアドバイスも添えるべきだ。以下のサイトにも記載されてはいる内容になるが


  • 自分の優越感を支えるため
  • 相対的に自己価値を高めようと必死
  • 批判したり、認めない、侮辱することで己の優位性を保つ
  • 他者を貶めることで、優越性を維持し補強する

 人を見下す、馬鹿にする人の特徴としてはやはり自分が人を見下さなければ自分が孤立することが怖い人ということだ。またそれらがなければ優位性に立てないことに恐怖を感じている。しかし、それをすれば自分は賢者で人から尊敬されていると勘違いする人もいるようだが実は孤立していくことに気づいていない。また客観的に自分を見ることもできないことに気づいていない。

 これは高齢者でインターネットのSNSなどをしている方に見受けられるが、ネットで書いた発言が人からどのように受け取られているかを客観的に見ることができない人にが多い気がする。インターネットで書き込みをする、人を嘲笑した場合にどのように周囲に受け捉えるのか・・・そういう事例をあえては書き込みすることはないが、所謂、否定コメントもこれに入るだろう。

 SNSもある意味社会なのだから、自分がどう見られるかを考えながら言動の発言をした方が賢い生き方かと思われる。あえて意見する場合は個別にメッセージでやりとりをした方が良いかもしれない。勿論、その場合も相手の意見にも耳を傾け、その上で意見を交換しあうことが必要だ。単に喧嘩のようにお互い罵り合っていたのでは何も生まれない。

 写真を撮る人の間では、喧嘩してなんぼやという意見もあるのだが、一方通行な主張の喧嘩は本当の喧嘩ではない。お互いの力量を見ながら、相手も認めて喧嘩をすることが必要だ。






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