21世紀美術館

久々に金沢21世紀美術館へ足を運ぶ。トーマス・ルフの写真展示は完成された作品でありながらも、常に実験的であり判断を鑑賞者に委ねているところが面白い。

ルフは色々と試行錯誤しながらも写真とはどういうものだろう、写真を特定の状況下へ置いた場合に視る人はどういう印象を持つのだろうと考えて作品を制作している。そこにはズバリ「探究心」「好奇心」「研究心」「シニカル」「真実」という5つのキーワードが思い浮かぶ。写真からルフという人物が伝わってくる。

過去のアート作品(写真だけではなく)を見ても、現代アートは「コンセプト」ありきで成り立っている場合が多い。おそらくマルセル・デュシャン以来、人々がアートに求めるものは「驚き」「問題」「気づき」を発見、考えたい場としてアートを見るようになった。ルフが作品を通して行おうとしていることもデュシャンと同じく従来の写真家は「カメラを使って撮るべきだ」という定義から抜け出し、写真とは何か、視るとは何か、我々は常に生活の中で何を視ているのかという問題提起を投げかけている。

だからと言って写真のクオリティが落ちているわけでもなく、作品完成に至るまでには相当な苦労と知識、技術があってこそ完成されたものに違いない。それは理解できる。
例えば、「JPEG」はJPEGがどんなものなのかを知らなければならないし、3D作品はどうすれば3Dに見えるのか、なぜ3Dなのかを一から考えなければならない。

何よりも作家性とか、有名になるためにとか、目立とうとかそういう野心的なものが一切なく、純粋に作品と向き合い、作り上げている点が素晴らしい。

それに対してベッヒャーの教えは、「でも、撮っているのは機械であるカメラでしょう」ということだった。彼らはよく、写真など特定のメディアと関わるなら、その特徴を反映したものを作ろう、メディアの特性に誠意を持とうと言っていました。作家性というものには、最初からこだわりがなかったんです。

現代写真を代表するトーマス・ルフを知ってる? 来日インタビュー


このように冷静に写真というメディアを過去から未来へ見つめている気がする。

著名な写真家の中には「自分のこの特別なライカでなければダメ」などと言う人もいますが、私にとっては、そんなことはどうでもいい。自分の手持ちの技術で求める結果が達成できないなら、ほかの手段を探るだけです。自分の持つ手段に執拗にこだわる人は、虚栄心の満足を求めているだけだと思います。

でも、わかってるんだけど・・ライカ欲しいよ。それは性というものだ。



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